佐多岬2回目となります今回は「御崎神社」と「佐多岬公園展望台」についてご紹介いたします。
足腰に不安がある人は助かる杖。
何これ怖い。何で首だけ…というか下の台は足のように見える。どこかに胴体があるのだろうか、もう少し探してみればよかった。西郷さんみたいな顔ですね。
鳥居をくぐったとたん、ものすごい勢いで雨が降ってきました。手水小屋に逃げ込み雨の勢いが和らぐのを待ちます。
御祭神
鹿児島県神社本庁 御崎神社より抜粋
底津少童命(ソコツワダツミノミコト)
中津少童命(ナカツワダツミノミコト)
表津少童命(ウワツワダツミノミコト)
元明天皇の和銅元年三月三日神の神託があり、同年六月神社が創建され、御崎三所権現と称したと伝える。
日本本土最南端の国土守護の神として、薩隅はもとより九州一円にわたり、航海・交通安全、五穀豊穣、商売繁盛の神として崇敬されてきた。
今後の行程の間だけでも、雨を降らさないで欲しいと祈願し御崎神社を後にしました。御崎神社のすごい所は、展望台や灯台守官舎の跡地などを見て、岩崎隧道をくぐるまで本当に晴天を授けてくれたところです。
ほんと嘘みたいに晴れて、さっきの驟雨は何だったのかと、ありがたいと天に感謝しながら進みます。
展望台はすぐそばですが、少し降りたところに広場があるので行って見ます。
日本は慶応2年(1866年)に、アメリカ・イギリス・フランス・オランダの4か国と結んだ江戸条約によって灯台を立てることを約束しました。この時約束した8か所の灯台の一つが佐多岬灯台です。
明治4年(1871年)に完成しましたが、その後昭和20年(1945年)太平洋戦争で破壊され、昭和25年(1950年)に再建されました。
1866年(慶応2年)5月 – アメリカ、イギリス、フランス、オランダの4ヶ国と結んだ「改税条約」(別名、江戸条約)によって建設することを約束した8ヶ所の灯台(観音埼、野島埼、樫野埼、神子元島、剱埼、伊王島、佐多岬、潮岬)の一つ。
Wikipedia より
これらを条約灯台とも呼ぶ。
参考:なるほど航路標識~4 西洋式灯台の誕生~(海上保安庁)
右の階段を上がってみましょう
奥にうっすら見える山は薩摩半島にある開聞岳です。
次は昆虫が出ます。国内では琉球列島と九州に分布している昆虫とのことです。
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