「泳げ鯉のぼり相模川」は、相模川に架かる高田橋の上流で開催されます。最寄りの駅はJR上溝駅ですが、徒歩だと1時間ほどかかります。JR上溝駅からバスで「田名バスターミナル」まで行くと、そこからは徒歩15分ほどのようです。
平成31年4月29日(月・祝)から5月5日(日)まで開催されています。
鯉のぼり会場の高田橋の河川敷は、川沿いの堤防傍にはトイレもありますので、通常でもキャンプする人たちで賑わっています。(鯉のぼり会場周辺のトイレは3月~10月は午前7時~午後7時、11月~2月は午前7時~午後6時)
地元の鼓笛隊が3組ほど出ていました。
昭和63年から開催され続けている、相模原の代表的な祭りです。相模川の両岸に4本のワイヤーを渡し、約1,000匹の鯉のぼりを泳がせます。五月晴れの大空を泳ぐその姿は、実に雄大です。
泳げ鯉のぼり相模川 より
鯉のぼり会場から大鷲神社のほうへ歩くと、新堀用水路(鳥山用水)があります。
相模川から水田へ水を引いて利用していた水路ですが、現在は相模原市内の取水堰が去年の台風の影響で土砂堆積し、水が流れていません。5月ごろには再び使えるようになる予定とのことです。
- カナロコ:相模原市内3取水堰で取水不能に 台風による土砂堆積で
- 水のある様子:Google画像検索結果
用水路で生垣の手入れをしている方に伺ったところ、昭和30年ごろまで日常の用水として利用していたそうです。このように散策路が整備されるようになったのは昭和60年ごろからとのことでした。
ん!いけませんよ、いじめちゃ。
水があるときは鯉がいたりするようです。
家の前がこの用水路だと思索を巡らせるいい場所でしょうね。
通常の水位がうかがえます。
湧水で田畑を耕していたおよそ160年前、当時の田名村を治めていた烏山藩が、相模川から水を引いて更に収穫を上げようと用水路を村人とともに作ったのですが、運悪く完成した翌年に相模川は氾濫し、堤防は崩れ田んぼは土砂に埋まってしまったそうです。
烏山藩は再び工事することをあきらめましたが、地元で水車業を営んでいた江成久兵衛(えなりきゅうべえ)がもう一度水路を作りたいと烏山藩に申し出、一生をかけて完成させました。
少し水が見えてきました。
ベビーカーや車いすは横道に逸れなければなりませんね。とはいえ、この階段を越えると散策路もほぼ終わりです。
相模川のある左側へ曲がって進むことにします。
相変わらず河童の無表情が怖い看板です。じーっと何かを待っているようです…
江戸時代後半は、大山参りの参詣者等が大山街道を通って相模川へ出ると渡しを利用していました。また、鮎漁も盛んだったので、鵜飼などの観光要素も含まれ旅館が立ち並び歓楽街となって活況を呈したそうです。
昭和10年には神奈川の観光名所選に選ばれ「水郷田名」として知られることになりました。残念ながら現在は渡しは無くなりました。
このビルの階段を上ったところに公衆トイレがあります。もちろん会場にも簡易トイレが設けられています。
5月は相模の大イベント「相模の大凧まつり」が5月4日(土)~5日(日)の両日に開催されます。詳細は相模原市観光協会の相模原市が誇る2大観光イベントが開催されます!のページをご覧ください。
大凧会場は4か所です。(神磯部会場、下磯部会場、勝坂会場、新戸会場)
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