【新潟】佐渡金山周辺【佐渡島】

搗鉱場跡
搗鉱場跡
佐渡金山周辺地図
佐渡金山周辺地図(GoogleMaps
佐渡島の金山 より
佐渡島の金山 より

今回は大立地区と高任地区のご紹介です。鉱山から採掘したものを小さくして運び出し、下流の選鉱場へ運びます。

第5駐車場
第5駐車場

第5駐車場に車を停めてブラブラ歩きましょう。

手掘り跡
手掘り跡
手掘り跡の狸穴が見えます
手掘り跡の狸穴が見えます
大佐渡スカイライン
大佐渡スカイライン
山の雰囲気
山の雰囲気
拡大
拡大
流れているのは濁川
流れているのは濁川

大立公園への橋は通れなくなっているようでした。

訪れたのは2024年5月2日
訪れたのは2024年5月2日
佐渡金山大立公園
佐渡金山大立公園
大切山坑
大切山坑
大切山坑の案内板
大切山坑の案内板

山師がこの先に金脈があると信じて1634年から14年間かけて400m掘り進め、1647年ついに掘り当てたという大切山坑。

道遊の割戸の一部が見えます
道遊の割戸の一部が見えます
下流から見た道遊の割戸
下流から見た道遊の割戸
道遊脈・青盤脈採掘跡案内板
道遊脈・青盤脈採掘跡案内板

1601年に発見後、手掘りで採掘が進み、100年足らずで山が割れたと言われています。

屋根のある休憩所もありました
屋根のある休憩所もありました
上流側
上流側
重要文化財大立堅坑の保存修理工事中
重要文化財大立堅坑の保存修理工事中
幕がかかっています
幕がかかっています
保存修理の案内
保存修理の案内
2024年5月の櫓の様子
2024年5月の櫓の様子
見たかったな~
見たかったな~

佐渡市のホームページに本来の大立堅坑櫓の様子がありますので、良ければご覧ください。

上流から眺めた所
上流から眺めた所

訪れたのはユネスコ登録前でしたが、2025年11月に再訪した時もまだ工事中でした。

2025年11月の様子
2025年11月の様子
岸壁に足場が増え、大立堅坑櫓はまだカバーされていました
岸壁に足場が増え、大立堅坑櫓はまだカバーされていました
史跡 佐渡金山施設
史跡 佐渡金山施設
お手洗い
お手洗い
自販機コーナー
自販機コーナー
観光コースのご案内板
観光コースのご案内板
佐渡金山への入り口
佐渡金山への入り口

今回は中には触れません。施設周辺の案内をします。

公衆電話と喫煙室
公衆電話と喫煙室
坑道でないほうの門は開いていて通れました
坑道でないほうの門は開いていて通れました
水上輪は水をくみ上げる装置です
水上輪は水をくみ上げる装置です
庇の奥にも展示がありました
庇の奥にも展示がありました
透明版もありました
透明版もありました

鉱山は水が出るので、それを運び出す人がいました。

道を挟んだ向かい側には宗太夫坑
道を挟んだ向かい側には宗太夫坑
鍵がかかっています
鍵がかかっています
渡り廊下が伸びています
渡り廊下が伸びています

お土産屋さんから伸びている渡り廊下

少し道路から上ったところにも坑道の入り口のようなものが
少し道路から上ったところにも坑道の入り口のようなものが

ここからの立ち入りは禁止になっているようです。

人形が見えます
人形が見えます
ここにも坑道入り口があるようです
ここにも坑道入り口があるようです
無名異坑
無名異坑
無名異坑の案内板
無名異坑の案内板

無名異:酸化鉄の赤い石。元々は漢方薬(止血剤)の名前。(案内板より)その後、顔料としても利用されるようになり、佐渡特産の無名異焼が作られるようになったそうです。

ここも鍵がかかっているようです
ここも鍵がかかっているようです

2024年5月2日に訪れたのですが、坑にヘルメットをかぶって入って行く観光客ではない集団を見ました。何らかの調査が行われていたのかもしれません。それで一般人が入れないようになっていたのかもしれません。

石垣の素には事欠かない場所
石垣の素には事欠かない場所
佐渡金山の施設を後に下流方面へ歩いて行きます
佐渡金山の施設を後に下流方面へ歩いて行きます
第3駐車場から眺めた旧佐渡鉱山採鉱施設
第3駐車場から眺めた旧佐渡鉱山採鉱施設
貯鉱舎に佐渡鉱山の名前が見えます
貯鉱舎に佐渡鉱山の名前が見えます
下の方の様子
下の方の様子
白い建物は中尾変電所
白い建物は中尾変電所

ここは旧佐渡鉱山採鉱施設 高任貯鉱舎及びベルトコンベアヤードとして文化遺産に登録されています。1938年から平成元年(1989年)まで使用されていたそうです。

旧佐渡鉱山採鉱施設 高任貯鉱舎及びベルトコンベアヤード 文化遺産オンライン

アーチ橋
アーチ橋
石積アーチ橋案内板
石積アーチ橋案内板
ベルトコンベアヤード
ベルトコンベアヤード
この時はアクセスできなくなっていました
この時はアクセスできなくなっていました
何とか雰囲気をつかみたい
何とか雰囲気をつかみたい
表から見える奥の様子MAX
表から見える奥の様子MAX
高任粗砕場こういう建物良いですよね
高任粗砕場こういう建物良いですよね
片隅には大型の何かの部品
片隅には大型の何かの部品
緑の地面を歩きます
緑の地面を歩きます
謎の構造物
謎の構造物
石積みが所々に見えます
石積みが所々に見えます
集落の跡
集落の跡

草や木の手入れをしている機械の音がずっとしていました。

何かの軌道が見えます
何かの軌道が見えます

下流の相川地区に運び出すための物でしょうか。

トンネルと階段
トンネルと階段

無宿人の墓入り口。この日は奥までは行きませんでした。

200m先に無宿人の墓があるようです
200m先に無宿人の墓があるようです

無宿人は何らかの事情でホームレスになった人の事で、江戸幕府は無宿人を島送りとし、鉱山で水替人夫として労働をさせました。お給料は出ていましたが、過酷な労働だったようです。これに対し、罪人は島流しと呼んでいたようです。

今は使われてる感じではないですね
今は使われてる感じではないですね

ここで折り返して佐渡金山方面へ移動します。

間ノ山搗鉱場跡
間ノ山搗鉱場跡
搗鉱場跡案内板
搗鉱場跡案内板
基礎の部分らしいです
基礎の部分らしいです
鉄筋が露出しています
鉄筋が露出しています
どんな感じで動いていたんでしょうね
どんな感じで動いていたんでしょうね
右側に石垣のような遺構がありました
右側に石垣のような遺構がありました

参考:佐渡金銀山保存管理計画書(PDF

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