ユネスコ世界文化遺産へ登録された富岡製糸場は、群馬県富岡に設立された日本初の本格的な器械製糸の工場です。
上州富岡駅から2分ほどにある、富岡市役所臨時駐車場に車を停めて富岡製糸場へ歩いて行きます。
富岡製糸場への道のりの所々に休憩所が設けられています。それと、幅の小さい簾に絵を描いた簾アートがあちこちの窓べりに見られて、楽しいです。
右側が魚屋さんなのですが、ホルモン揚げという串揚げを提供していて、食べてみたら駄菓子的なおいしさがありました。
かわいらしい町中周遊観光バス(40分毎に1便)が通り過ぎました。ガイド料100円で、購入の際にフリーガイド券がもらえ、一日乗り降り自由のようです。
入場券は大人1000円、高校・大学生(要学生証)250円、小・中学生150円です。
最初に見える東置繭所で、職員の方が「今ブリュナエンジンを動かしています。もうじき終わりますので、順路を変更してでも見ることをお勧めします。」と案内してくださったので、先にそちらを見に行くことに。
順路を変えてブリュナエンジンを見に行く人達。エンジンは土日と祝日の午前10時半ごろから午後2時半ごろまで蒸気で動かしているようです。
このエンジンに操糸機を連動させて、工女さんが一定の速度で糸を繰れるよう調整されていたようです。
ブリュナエンジンとは
- 富岡製糸場の設立の際に導入された横型単気筒蒸気機関の事です。繰糸機と揚返機の枠を回転させる動力として、蒸気釜(ボイラー)とともに、蒸気釜所に置かれていました。
- 富岡製糸場の設立指導者であるポール・ブリュナによって導入されたため、ブリュナエンジンと呼ばれています。
会場内の掲示物より、一部転載
ブリュナエンジンの展示場の外には高い煙突があります。
西置繭所(国宝)は現在修復中です。見学にはヘルメット貸出料として200円(中学生以下100円)かかります。
右側の白い建物から蒸気が上がってるのが見えます。先ほどのブリュナエンジンを展示している場所です。その奥の長い建物は東置繭所です。
ここまで撮影していたら、係の人に声をかけられました。「館内の撮影は禁止です。」なので、修復中の建物の写真は一切ありません。屋根の野地板を補修しているところ等が見れました。
ボウフラの繁殖を抑える目的で金魚がいるようです。
製糸場では大量の水が必要だったため、貯水施設が必要で、初代は煉瓦製の物で、次に鉄製の水槽を導入しました。1875年(明治8年)造。現存する鉄製構造物としては最古級。輸入した鉄板を用いて、横須賀造船所の関連施設で作られました。組み立てには、造船技術のリベット接合が使われたそうです。(案内板から要約)
流木で作ったような椅子なのですが、中央の椅子にデスノートのリュークが座ってたら似合いそう。
三井期(1893年(明治26年)~1902年(明治35年))に建てられました。工場長、総務課長、原料課長、工務課長とその家族が住んでいたそうです。
木骨煉瓦造(ハーフティンバー)の建築様式。
フランス積みの煉瓦
入口付近にパンフレットなどがあったのですが、その中に「富岡製糸場で働いていた従業員のネットワークづくりにご協力ください」というチラシがありました。連絡名簿を作成して、聞き取り調査や交流会の開催を検討しているとの事です。
- お問い合わせ先:豊岡市豊岡製糸場保全課 保存活用係(豊岡製糸場総合センター)
- TEL:0274-64-0005 FAX0274-64-3181
- 住所:〒370-2316 群馬県豊岡市豊岡1番地1
- E-MAIL:seishijou2@city.tomioka.lg.jp
文化遺産に登録されると、制約もついてきますね。
東置繭所を出て、周囲を更に見てみます。
中央に柱のない広い建物です。
富岡製糸場には昭和41年ごろから順次配備されていき、昭和63年の操業停止まで稼働していたそうです。見学順路の突き当りには、現在も稼働している同型の繰糸機のビデオを流していました。
繰糸場内の全体の機械の動きや音や熱や臭いは想像するぐらいしかできませんが、健気に動いていたのでしょうね。
フランス人のポール・ブリュナが家族と住んでいた住居。
体調が悪い時は、寄宿舎ではなく、ここで休む決まりだったそうです。集団生活なので、厳しい管理をしていたのでしょうね。
所々にありました。
帰りに豊岡製糸場の工女さんも食べていたという新洋亭で、tanuはかつ丼、私はカツカレーを食べました。
カツカレーのカレーは、昔懐かしい、小麦粉とカレー粉で作ったルーです。美味しかったです。
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