
まだまだ続く佐渡金山。訪れたのは2024年5月3日です。今回は立坑と高任神社、道遊の割戸の付け根辺りの様子をご紹介します。時刻は正午ごろ。では、行って見ましょう。

道遊坑を出てすぐ右側には高任立坑があります。

佐渡金山で、最も深い立坑の一つで、これは昭和27年頃に小規模なものに取り換えられました。


採掘された石を選鉱場に運びます。


佐渡金山の主要鉱脈の上部が長い年月をかけて削り取られ、相川湾へ流れ出した鉱石を「浜石」と呼び、昭和4年には浜石の採取が始まり、昭和13~18年の間には海沿いの家屋を撤去して、大規模な採掘が行われたそうです。





機械工場は次回ご紹介します。


坑内で使用する機械の修理はここまで持ってきて機械工場で修理するのではなく、坑内で行うのでそのための道具をこの台者に乗せて運んでいました。






ローダーは、車体を前後に動かして鉱石を掬い取り、後ろに連結されている鉱車に積み込むそうです。


この先には高任神社と道遊の割戸の直下があります。柵が閉まるので、16時30分までに戻る必要があります。







1605年佐渡奉行であった大久保長安によって創建された、大山祇神社の分社が高任神社。大山祇は鉱山で祀られた神様。
大山祇はオヤマヅミと読む。祭神は、大山積(オオヤマヅミ)神であり、 「祇」 ではなく 「積」 の字があてられている。(略)大山積神は戦前期において日本の鉱山に祀られた神であり(略)
九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
『全国鉱山と大山祇神社(第一輯)』(国弊大社大山祇神社々務所、一九四〇年)(PDF) より
少し奥に進むと採掘跡が現れます。









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