


今から進む方向。この画像の場合、道遊の割戸は後ろにあります。




佐渡で最初の鉱山町「上相川」の遺跡が案内板の正面の林にあります。

山をも割る金の魅力

ここは高任公園という名前になっているようです。



この建物は下層から続く高任粗砕場の6階に当たる位置になっています。作業の流れとしては坑道から運搬した鉱石を破砕する施設の一層目で、ここから下へ鉱石が運ばれ、破砕されていきます。

手前のレールのようなものは鉱車用ダンパー(傾斜装置)、奥の筒の骨のようなものはチップラーと言う鉱車回転装置で、ここでトロッコを固定し回転させ、下へ鉱石を落とす装置です。

佐渡鉱山より採掘した原鉱を選鉱・破砕するための施設で、昭和12年(1937)に建設され、平成元年(1989)まで稼動した。高低差約20メートルの斜面に築かれたコンクリート基礎上に建つ鉄骨造六階建の建物で、三階と四階・五階はそれぞれ切妻造波形スレート葺、一階と二階・六階はそれぞれ片流れ波形スレート葺である。施設は高低差を利用した仕組みとなっており、上層から原鉱を落としながら選鉱し、下層で破砕した後、地階に備えたベルトコンベアにより貯鉱舎へ運ばれていた。現在も最上階には鉱石を運び入れる鉱車軌道とチップラー(鉱車回転装置)、三階には中型のジョークラッシャー(破砕装置)、一階には大小のジョークラッシャーが残されている。
国指定 重要文化財:旧佐渡鉱山採鉱施設 高任粗砕場 より













高任立坑から高任坑を通って、先ほどの選鉱場・粗砕場へ運搬された。







ここはもう売店やカフェに続く道。

石磨(いしうす)は、採掘した硬い金鉱石を砂状に細かくすりつぶすために使われた重要な道具ですが、大量に利用されたことが分かりますね。佐渡の発展とともにあった仲間たちです。








車を坂の上に停めてあるので通り過ぎます。





長らく続いた佐渡金山の回ですが、これで一旦終わりです。一つの場所で、採掘から粗砕、貯鉱、運搬などの施設がまとまって見学できるのが、とても分かりやすい造りになっていたと思います。また、江戸時代と近代の違いなども一度に体験でき楽しかったです。次回は鉱石を運び出していた港のご紹介になります。
参考:


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